今回、同様の回路で300Bシングルアンプを2台、続けて製作しました。直熱管である300Bは、シングルではノイズが出やすく、またバイアスが深いためドライバーを強力にする必要があり、使い難い面も持っています。しかしそこは300B、音質、容姿ともマニアを惹きつけて止まない魅力があります。これら2台のシングルアンプは高信頼管のRCA5693をドライバーとし、音質・性能とも満足いくレベルに仕上がりました。
使用真空管:PSVANE300B、RCA5693、RCA5V4G、トランス類:出力イーケイ、電源SEL、チョーク五燐 特性:出力6W+6W(歪率5%)、残留ノイズ1.2mV以下、周波数特性20Hz~20kHz±3dB以内 サイズ(WHD)350×180×220㎝、重さ9.5㎏ |
使用真空管:PSVANE300B、RCA5693、旧ソ連5U4G、出力トランス東栄、電源は国産中古、チョーク東栄 特性:出力6W+6W(歪率5%)、残留ノイズ0.5mV以下、周波数特性20Hz~20kHz±4dB以内 サイズ(WHD)350×180×220㎝、重さ9.3㎏、消費電力80W |
300Bシングルアンプの変遷
【300Bの流通】
WE300Bがコンシューマー用に流通し始めたのは、それほど古い話ではありません。元々ウエスタンエレクトリックの機器は業務用で、保守点検は専門の技術者が行うため、真空管を含めたWEの部品類は一般には出回りませんでした。
40年程前、私がWEの真空管を見たのは、秋葉原の「輸入真空管太平洋」、「富士商会」といった販売店の店頭でした。当時の300Bは、保守用に生産されていたものがほんの少数、市場に流通していました。しかし、274A(B)や310A(B)に至っては、目にする機会はほとんどなく、現在の方がWE球は数多く流通しており、マニアの夢を叶えてくれていると言えます。
300Bを使ったシングルアンプの代表的な例は、91タイプと呼ばれるドライバー段が5極管の310A(B)1本よるものです。70~80年代当時は、310A(B)は入手が困難なため、運良くセトロンや岡谷の300BまたはSTC4300Bなどが入手できたとしても、多くの真空管アンプファンは、バイアスの深い300Bをドライブするため、2段増幅してゲインを稼ぎ、NFBをかけるといったやり方をしていました。当時の噂話は、300Bより310A(B)の方が数は少ないらしいと言うことや、274A(B)は、中古球しかなく、殆どが酷使されていて使い物にならないらしいと言ったことでした。これらの理由は、WEの真空管の流通が非常に少ないことが原因でした。私が目にした300Bは、軍用だったのかNASA用だったかのか、出所は不明とのことでした。また、WE球の供給の可能性は、300Bは安定化電源に使われているので少量生産されてはいるが、274A(B)や310A(B)、350A(B)に至っては用途がないので製造の予定はないとのことでした。
【交流点火・直流点火の問題】
アマチュアにとってもう一つの課題であったのが、ハムノイズ対策のためのフィラメント直流点火です。当時は、直流点火に必要な大電流のシリコンブリッジダイオードや、大容量のケミコン類が少なかったので、結果的に誤差の少ない直流5Vを得ることは難しかったようです。ですから当時の300Bシングルアンプは、交流点火でNFBをかけてハム音を減少させることが常套手段としてとられていました。有名なところでは、ジャン平賀氏によるパートリッジ社のトランスを使ったモノラルアンプがありましたが、300Bが交流点火で無帰還だったため残留ノイズは多かったです。また、球アンプの大御所、伊藤喜多男先生の300Bアンプも交流点火だったので、おそらく、残留ノイズは多かったでしょう。
300Bを交流点火で用いた場合、残留ハムノイズ軽減に腐心することは避けられません。ミリバル直読のハムノイズ値が3mV程度になれば、大変良い値です。一般的なシングルアンプなら十分なはずのπ型フィルターでも、300Bの場合は残留ノイズは5~10mVあるいはそれ以上になり、目(耳?)も当てられない状況になります。このことは、300Bにのめり込んだ真空管マニアの方なら、既に経験済みと拝察致します。
2A3、45などの直熱型3極管のハムノイズは、交流点火時のフィラメントハムよりも、B電源(プレートの高圧電源)のリップル除去不足の影響が大きいです。しかし300Bは、両方ともノイズの元になっているようです。これは300Bのフィラメントが5V1.2Aと省電力タイプのためと考えられ、もしもフィラメントが2Aなら交流点火でもハムノイズはもう少し低い値になると思われます。しかしながら、当時はフィラメント電力の省力化は使命であり、その点300Bは、50や2A3に比べて優れていたことは、表1の比較からもご理解いただけると思います。
表1 代表的な直熱管のフィラメント電力・プレート損失比較
(全日本真空管マニュアルより引用)
真空管名
|
F電圧V
|
F電流A
|
F電力W
|
最大プレート
損失W
|
最大出力W
|
300B
|
5
|
1.2
|
6
|
40
|
8 ※
|
50
|
7.5
|
1.25
|
9.4
|
25
|
4.6
|
2A3
|
2.5
|
2.5
|
6.25
|
15
|
3.5
|
45
|
2.5
|
1.5
|
3.75
|
10
|
2.0
|
※プレート損失21W時
【整流管の問題】
300Bの女房役である整流管274A(B)は、今日では入手が困難です。代替え品としては5U4、5R4があげられます。また昔話を持ち出して恐縮ですが、かつては,B電源にシリコンダイオード整流を用いた300Bアンプの製作例が、70~80年代には結構見られました。その頃は、整流管を用いるのは甚だ効率が悪く、時代遅れの風潮がありました。リレーによる遅延回路を用いて、出力管を保護することは良しとしても、古典管アンプとはいえ、整流管を使うのは何とも時代遅れという考えのマニアが大多数でした。
表2に代表的な整流管を上げました。整流管を選定する上で配慮が必要なことは、フィラメント電流と整流後のコンデンサーの値です。特に直熱型整流管のフィラメントは規格通りの電圧を供給することが肝要であり、球の寿命に影響します。しかし電源トランスは、損失を考慮に入れて少し高めの電圧が出るよう設計されているので、5V3Aの端子、フィラメント電流2Aの球を使えば、実測で5.2Vぐらいの電圧になります。高価な整流管を使う場合には、寿命の面を考慮すると不安が拭いきれず、精神衛生上良くありません。0.1Ω5Wのセメント抵抗で5Vに調整しますが、発熱量が多いのが難点です。
入力コンデンサーの値は、大きければ大きいほどリップル除去に資することができます。しかしコンデンサーの値を大きくすれば、初期チャージングのための大電流が流れます。結果、フィラメントがスパークし、コーティング材の白粉がパラパラとガラス管内に落ち、高価な整流管の寿命を著しく縮めると言った、心臓に良くない事態に遭遇します。整流管には入力側のコンデンサーの値に制限があります。表2からわかりますように、274A(B)は5R4に近い規格と思われますので、5U4と同等に扱うことはできず要注意です。私の経験では、5R4の場合、入力コンデンサー値22μFでスパークする球がありました。しかしながら、4μF程度にすると今度はリップルが十分に除去できず、ハムノイズが低減できませんでした。その点、多少無理の利く5U4や傍熱型の5V4については、50μF程度までは大きな問題が生じることはなく、正常に動作すると思います。実際、今回の300Bシングルアンプでは、5U4、5V4を使用しましたが、47μFの入力コンデンサー値で問題なく動作し、リップルは十分除去できました。
表2 整流管のフィラメント規格及び入力コンデンサー値
(Frank’s electron Tube Data
sheetsより引用)
真空管名
|
F電圧V
|
F電流A
|
入力コンデンサー
|
274A(B)
|
5
|
2
|
4μF以下
|
5U4
|
5
|
3
|
10μF以下
|
5R4
|
5
|
2
|
4μF以下
|
5V4
|
5
|
2
|
8μF以下
|
【310A(B)の代替え品】
310A(B)は、300B以上に品薄であったことは、既に申し上げましたが、その代替え品としてトップグリッド球の6C6、6J7等が候補に挙げられてきました。これらは、ドライバー管としての特性及びST管の外観と言うことで似てはいるものの、これらを採用することは狗肉の策と言うべきでしょう。更に選択肢を広げれば、GT管の6SJ7,6SH7、MT管の6AU6等でもほぼ同等に扱うことができます。むしろトップグリッドの球は、長く伸ばしたグリッド回路がノイズを拾う可能性があり、決して有利とはいえません。結局、外観にこだわれば性能が悪くなり、性能を向上させるのには外観が納得できないと言ったジレンマに陥ることになります。
ドライバー管に何を選ぶかは個人の好みによります。外観と性能、作り易さを考えて選定すべきです。特に高級志向のモノラル構成で、310B-300B-274Bのラインアップと同等の形状の球でシャーシレイアウトをデザインすると、球の大きさがバラバラのために、アンバランスになってしまいます。外観にも拘るマニア諸兄にとっては、満足のいく出来映えにするのは難しいことと思います。レイアウト時に、電源トランスと出力トランスの形状を合わせるとか、トランスの高さと同じオイルコンやケミコンを使うとか、高さを揃える工夫が要ります。
300Bでアンプを組む場合には、このようにいくつかの制約があり、それらと上手に付き合い、あちらを立てればこちらが立たずの条件のバランスを取りながら、自分だけの気に入ったアンプを組み上げることは、マニアの真骨頂です。これからも300Bは、真空管アンプマニアのアイドルとして、その存在価値が変わることはないと思います。